活動履歴

・2007年10月
知、刈、ダイによる悪ノリが発端となり「白塗系不協和音楽団 紅蝉」結成。
最初のバンド名は「紅蝉爆弾(くれないせみばくだん)」よくぞ略した。

・2007年12月
初ライヴ。無茶ぶりを無茶ぶりでこなす日々の始まり。
MC中に客席へ煮干を投げ付けると言う意味不明な暴挙が何故か定着する。

・2008年10月
初代ギタリスト、ダイが「俺やっぱドラマーやし」と新バンド結成の為脱退。
(2012年現在、ダイは「俺やっぱベーシストやし」とほざきBuzz Merryにて活動中。)
シングル「疫病」無料配布。
2代目ギタリスト明加入決定。現編成になり、呼称が「紅蝉」となる。

・2008年11月
明加入後初ライヴ。格好良くなる。無茶ぶりの日々は変わらず疾走。
「ギターを弾く手が汚れる」と明が拒否した事により、MC中に煮干を投げ付ける文化は衰退する。

・2009年3月
シングル「大衆拡声」発売。

・2009年4月
何か色々私生活がアレ過ぎて知がホームレス状態に陥る。不思議な事に動員が伸びる。

・2009年5月
当時のマイナス人生オーケストラの面々と「夕暮れちんどん一家」や「電脳ビニィル」等始動。

・2009年6月
様々な知人友人に迷惑をかけながら、何とか知の生活が落ち着く。腐る。

・2009年7月
シングル「カタワムシ」発売。

・2009年11月
シングル「聖者の行進」配布。(主催チケットお買い上げの方)

・2009年12月
初主催イベント「三日月に接吻を。」開催。
当日紅蝉動員に「三日月に接吻を。PV]配布。
ミニアルバム「三日月に接吻を。」発売。
「就職して結婚したい」と、このライヴにて明脱退。結局どっちもしてない。
(この一件以来、知はバンドマンの結婚と就職は事後報告以外認めないと心に決めた。)

・2010年1月
サポートギタリストに柚(現2nd Dyz)を迎え、活動開始。苦労する。

・2010年2月
様々な事に行き詰まって限界に達した知が「飽きた!」の一言で解散決定。

・2010年3月
解散発表に伴い、ギター明出戻り。自由そうでした。

・2010年5月
紅蝉解散ワンマン「虚構月光」開催。
アンコール無し、客の目の前で舞台装置を破壊する涙を流す隙も無い解散ライヴ。
シングル「蛍光灯」配布。(解散ワンマン来場者)

・2010年6月
知による映像とノイズのユニット「ハナノビョウキ」をバンドヴァージョンにし、紅蝉の債権処理開始。
(急に解散を決めた為、5月以降に決定しているライヴが数本あった。
因みにこれが知の別バンド「アマルコルド」の原型である。)
刈が「コスプレで天下取る!」とコスプレイヤーに転身。現在も多分活動中。
明、パンピ化。

・2010年7月
「ハナノビョウキ」バンドヴァージョン活動終了。本来の形態に戻る。
以降、紅蝉メンバーによるオリジナル楽曲でのバンド活動は無し。

・2010年12月
後輩の誘いにほいほいと乗って「紅蝉(remix)」として俗に言う一日復活。
当時のサポートドラマーはシンゴ(ex.ぺんぐ☆王)

・2011年1月
知、暫定的新バンドとしてアマルコルド活動開始。

・2011年3月
アマルコルド、本当にセッションのつもりだったのがついうっかり本格活動開始。様々な出会いに支えられる。

・2011年12月
酒の席の勢いで紅蝉一日復活。
サポートドラマーは横田生虫(現マイナス人生オーケストラ)

・2012年3月
アマルコルドがライヴ活動休止。紅蝉解散終了決定。

・2012年5月
サポートドラマーに将(現umbrella)を迎え、様々な賛否両論を踏み潰し、
ムジナとのツーマンライヴ「半神の鬱蝉」にて紅蝉解散終了。

・2012年11月
紅蝉解散終了後初主催イベント「記号蒐集家の為の葬送夜奏」開催。
何かそこそこ大盛況。
解散終了後1st mini album「痼~ひさしくなおらないやまい~」発売。

・2013年1月
将、紅蝉サポート終了のお知らせ。

・2013年2月
2代目サポートドラマーに咲汰(A113)就任。

・2013年5月
紅蝉解散終了一周年主催「記号蒐集家の為の葬送夜想#2」を西九条ブランニューにて開催

・2013年7月
解散終了後初ワンマン「始まりの終わり」を西九条ブランニューにて開催
これにて、第二期ギタリスト明、脱退。

・2013年7月
新ギタリストに野間企(ex.ヱ疽)井上隆斗(ex.ムジナ)を迎え、第三期紅蝉始動。
今日ものうのうと生きてます。
inserted by FC2 system